『EXPEDITION 33』
もし、あなたの命の期限が、誰にも抗えぬ絶対的な力によって「あと一年」と宣告されたら?
その最後の一年を、どう生き抜きますか?
静かに終末を受け入れますか?
愛する人と残された時間を惜しみますか?
それとも、万に一つも勝ち目のない運命に、その身一つで抗いますか?
本日ご紹介する『Clair Obscur: Expedition 33』は、PlayStation 5という舞台で繰り広げられる、単なる「ゲーム」という言葉では到底表現しきれない、壮大な「体験」。
これは、決して画面の向こうの物語ではなく、死の運命を背負わされた主人公たちと共に、自身の魂が一年間という限られた時間を駆け抜ける、悲しくも美しい叙事詩。
呪われた世界で、希望を探すということ
舞台は、19世紀末から20世紀初頭のフランス、「ベル・エポック(美しき時代)」の華やかさと、終末の退廃が混じり合う、息をのむほどに美しい世界。
しかし、この世界は静かな絶望に支配されている。
年に一度、「ペイントレス」と呼ばれる謎の存在が、巨大なモノリスに一つの数字を描く。
それは呪いの宣告。その数字と同じ年齢になった人々は、例外なく、まるで幻だったかのように煙となり、世界から消滅してしまう。
年々、その数字は一つずつ若返っていく。
67歳が消え、66歳が消え…そして物語が始まる今年、ペイントレスは「33」という数字を描こうとしています。33歳になる者たちは、自らの命が尽きる日を、ただ指をくわえて待つしかない。
そんな理不尽な運命に、人類はただ無力だったわけではなく、毎年、ペイントレスを討ち、この呪いの連鎖を断ち切るために、命知らずの遠征隊が組織されてきた。
しかし、誰一人として生きて帰った者はいない。
彼らが残したのは、道半ばで朽ち果てた骸と、後に続く者たちへの僅かな希望の痕跡だけ。
そして今、「第33次遠征隊」の一員、ギュスターヴとなり、物語は進んでゆく。
残された命は、わずか一年。仲間たちもまた、それぞれに事情を抱え、絶望的な運命に立ち向かうことを決意した者ばかり。
これは、人類の未来を賭けた、あまりにも無謀で、最後の旅の始まり。
その一瞬が、運命を分ける。
「思考」と「反射」が融合した死闘
「RPG(ロールプレイングゲーム)って、なんだか難しそう」「コマンドを選ぶだけで退屈そう」。
そんな風に思っている方にこそ、本作の戦闘を体験してほしい。
『EXPEDITION 33』の戦闘は、あなたがこれまでに抱いていたゲームのイメージを根底から覆す。
それは「リアクティブターン制バトル」と呼ばれる、全く新しい発明。
じっくりと戦略を練る「思考の時間」と、一瞬の判断が命を分ける「反射の時間」。
この二つが奇跡的な融合を果たしている。
自身のターンでは、どのスキルを使い、誰を攻撃し、仲間をどう守るか、まるでチェスの名手のように、じっくりと最善の一手を考え抜くことができる。
しかし、ひとたび敵が牙を剥けば、状況は一変。
振り下ろされる巨大な爪、画面を埋め尽くす魔法の光。それらをただ眺めているだけでは、あっという間にパーティーは壊滅する。
敵の攻撃が繰り出されるその刹那、タイミングを合わせてボタンを押し、その刃を「パリィ」する必要がある。
カキン!という甲高い金属音と共に火花が散り、ノーダメージで攻撃を捌いた時の快感。
それは、もはやゲームのレベルではなく、自らの反射神経が、絶望的な状況を覆したという、原始的な興奮そのもの。
完璧なタイミングで回避すれば、即座に強力なカウンター攻撃を叩き込み、敵のターンを自らのチャンスへと変えることすら可能。
また、ある時はTPSのように、自ら敵の弱点を「フリーエイム」で狙い撃ち、戦況を劇的に有利にすることも。
どれも単なるコマンド選択ではなく、あなたの思考、集中力、そして反射神経のすべてを研ぎ澄ませて挑む「死闘」。
一手一手が重く、一瞬の油断も許されない。
だからこそ、強大な敵を打ち破った時の達成感は、自身の心に深く、熱く刻み込まれる。
魂を揺さぶる、絵画と音楽の奔流
この壮大な物語を彩るのは、PS5の性能を限界まで引き出した、圧巻のグラフィックとサウンド。
Unreal Engine 5で描かれる世界は、時に印象派の絵画のように淡く美しく、時にゴシックホラーのように重く、陰鬱。
陽光にきらめく草原、霧に沈む古代遺跡、そして過去の遠征隊が遺した無数の墓標が並ぶ戦場…。
その一つ一つの風景が、登場人物たちの心情を雄弁に物語り、プレイヤーをこの滅びゆく世界へと深く引き込む。
そして、その旅路に寄り添う音楽。仲間との絆を感じさせる穏やかな旋律、巨大な敵との対峙で鳴り響く壮大なオーケストラ、そして、ふとした瞬間に流れる物悲しいピアノの音色。
その全ては単なるBGMではなく、この世界の空気そのものであり、登場人物たちの魂の叫び。
美しいムービーシーンと音楽が一体となった演出は、一本のハイクオリティな映画を観ているかのような感動を与えてくれる。
旅の終わりに、何を思うのか
『EXPEDITION 33』は、自身に問いかける。
限られた時間の中で、人は何を成すことができるのか。
絶望的な状況でも、希望を信じることの本当の意味とは何か。
仲間たちとの会話、過去の遠征隊が遺した悲痛なメッセージ、そして自らの死と向き合いながらも前に進む決断。
そのすべてが、心に深く突き刺さる。
一年間という壮絶な旅を終え、数え切れないほどの死闘を乗り越え、仲間と共に運命に抗った一人の「遠征隊員」。
心に残るのは、単純な達成感だけではない、一つの重厚な人生を生き抜いたかのような、ほろ苦くも温かい感慨。
ゲームに興味がない? 私は一向に構わない。
映画が好きなら、小説が好きなら、魂を揺さぶるような「物語」が好きなら、それだけで十分。
これは、ゲームというフォーマットで表現された、総合芸術なのだから。