突然ですが、
「偽善者ぶる」とか「綺麗事ばっか」って言われるの、
なんかモヤッとしません?
綺麗事は、ただの“理想”じゃない
誰かが
「みんなが笑顔で働けるお店にしたい」とか
「お客様もスタッフも幸せに」
って言うと、
「はいはい、偽善ね」
みたいに斜め上から突っ込む人、いますよね。
でもさ、
綺麗事こそ現実を動かす燃料じゃない?
それを口に出す勇気って、逆にめちゃくちゃ本物だと思うんです。
偽善でいいじゃない
偽善って言葉の裏には
「本当はそうじゃないくせに」という嫌味があるけど、
もしそれが誰かを救ったなら
それってもう善じゃない?
と私は思うんです。
言葉のスタート地点がどうであれ、
人の役に立って結果が出てるなら
それを“偽”と呼ぶ必要ある?って話。
結論
綺麗事で何が悪い。
偽善者ぶる?むしろ誇れ。
理想を語れない現実主義より、
理想を語って形にしていくほうが
ずっと面白い。
おかだの店づくりも
ほとんどが綺麗事スタートです。
でも、その綺麗事があるから
みんな笑って働けるとおもう!



