あっちぇるの昔話を少し
こんにちはスタッフあっちぇるです。
時は平成2年3月、インターネットももちろんスマートフォンもない時代。
地元の小さな駅には、たくさんの見送りが、それから始まる僕の不安な高校生活を応援してくれました。
青森の片田舎で生まれた僕は、地元の中学を卒業しました。
遡ること、平成元年の夏、中総体で最後の野球の試合を終え、いよいよ3年生は進路と向き合います。
基本的に僕のような田舎の中学生には、
地元の県立高校に進むことが定番で、数人がスポーツなどの推薦で、県外の高校に進んだり。
僕もその一人でした。当時複雑な家庭環境のある僕に、
担任の先生や野球部の先生との相談で、
母親のいる神奈川県の高校で、野球の進学試験(セレクション)を実施している高校があって、
やってみないかと進めてくださり、少し悩みましてがやってみることにしました。
11月、一人神奈川の横須賀にいる母を訪ね、事情を説明し、翌日の試験に挑みました。
青森の田舎から来ている生徒などいなく、
関東近県の体の大きな選手ばかり。
その中でキャッチボールをする相手を見つけ、
ウォーミングアップをして、外野ノック、内野ノック、ベースランニング、フリーバッティングと課題をこなし、
それまで軟式野球をしていた僕には初めての硬式球の難しさに、
これは無理だと感じ、帰路につきました。
それから一ヶ月、中学校に合格通知が届いてしまって。。。
クラスで一人3月を待たずして進路が決まってしまいました。
周りのみんながまだ受験勉強に励んでいる時に、
僕は現役2年生の部員たちに練習に混ざり体づくりをしました。
でも、みんなとやっていることが異なるので、なんか違和感と疎外感を感じでいました。
3月14日、卒業式、それから県立高校の合格発表に一憂しているみんなを横目に、
下旬に迫った出発の日を待ちました。
出発前日、数日分の着替えと練習用のユニフォーム、
祖母が用意してくれた毛布をスポーツバックにギュッと詰め、出発の3月29日。
地元の小さな駅、父親と祖母と待合室で改札の時間を待っていると、
クラスメイトや野球部の後輩、担任の先生と野球部の先生、
たくさんのみんなが見送りに来てくれました。担任の先生にしか出発の時間を教えていなかったのに、みんな笑顔で見送りに来てくれました。
それまでのわだかまりや疎外感は一気に消え、
新幹線の自動扉が閉まり、父親に購入してもらった指定席に座ることなく、
デッキに立ち尽くして大泣きしていました。
車掌さんが、『席について大丈夫だよ、
あんなに応援してもらって頑張らないとね』っと優しく言葉をかけてくださりました。
詰襟の学生服を着たあっちぇる少年15歳は、
何度か乗り換えを間違えて、半日かけて横須賀の追浜駅につきました。
ここは桜が満開、想像以上にすごい高校生活が僕を待っていました。
あれから30年、インターネットもスマートフォンも普及している令和元年、
平成元年度の中学の卒業したみんなが、
それまで一度も出席したことがない僕も同窓会に誘ってくれました。
僕にとっては30年ぶりに、初めて中学の同窓会への出席でした。
みなさんお疲れ🍻です
検討中
マイページ

ページのトップへ