
1965年(昭和40年)に同志社大学南米アンデス・アマゾン遠征隊がアマゾン川の源流から130kmを世界で初めてボートで下った日。
また、1989年(平成元年)に海洋冒険家の堀江謙一(ほりえ けんいち)が世界最小(全長2.8m)のヨット「ミニマーメイド号」での太平洋の単独往復(サンフランシスコ~西宮間)を達成した日でもある。
つまり???
今日は冒険家の日です
冒険といえばもうドラクエしかないですよね
全女子もドラゴンボールと一緒でやった事はないけどなぜか名前だけは知ってるんじゃないですか?
ドラクエって名前がもうかっこいい、ドラゴンクエスト
あと、なんてたってキャラクター
ドラクエのキャラクターは鳥山先生が描いてるんです
鉄板でかっこいいです!男心をくすぐりまくり
そんなドラクエですが
特にやばかったのはドラクエIII そして伝説へ…

サブタイトルにもあるようにこのソフトは今でも伝説として残るほどの社会現象を巻き起こしました
1988年2月10日、「ドラクエIII」が発売されると、全国各地のゲームショップには早朝から長蛇の列ができました。特に都市部では、前日の夜から並び始める人も多く、数百人~数千人単位で行列ができた店舗もありました。東京・秋葉原や大阪・日本橋といった主要なゲーム販売エリアは多くの人であふれかえり、警察が出動して交通整理を行うほどの騒ぎでした。
中でも、東京・池袋のビックカメラは最も多くの人が集まったと言われており、真偽は定かではあませんが1万人以上の列ができたという話もあります。
当時、特に中高生がこぞって並んだため、「学校を休んでまでゲームを買う」という事態が問題視されました。
都内では2月10日、学校をサボった小中高生283人が補導されたというニュースが残るほど。
一部の学校では欠席者が相次いだため、教育機関や保護者からも懸念の声が上がり、後にエニックス(現在のスクウェア・エニックス)は社会的影響を鑑み、次回作以降の発売日を土曜日に変更する方針を発表することになりました。この「土曜日発売」は、後のゲーム業界全体に影響を与え、現在でも多くのゲームが週末に発売される慣習が残っています。
「ドラクエIII」はあまりにも人気が高く、発売当日に手に入れることが難しかったため、転売目的で購入する人が多く現れました。定価は6000円ほどでしたが、品薄の影響で個人間で数万円で取引されるケースもありました。また、ゲーム店での盗難事件も発生し、一部の店舗では防犯のために警備を強化する措置がとられました。
当時の新聞には、中学生が買ったばかりの「ドラクエIII」を高校生のグループにカツアゲをされたというニュースもあるほどです。
そしてこのドラクエIIIは390万本
子供のために親が買いに行く、でも実際は親がずっとゲームしてるっていうのがどの家も基本でしたね
セーブは3つまでできたんでちゃんと自分もできるようになってたんですが親の方がレベル高かったです
嬉しくて友達の家に持っていくんですが、当時のファミコンは衝撃に弱くすぐにセーブが消えてました、、、
後にも先にもゲーム1本でこれだけ日本が動くことはもうないです
もちろんドラクエIIIは話題性だけじゃなく、ゲームとしても最高
仲間4人だし、ストーリーしっかりしてるし、音楽かっこいいし、転職できるし
まぁこれが鳥山先生のデザインじゃなかったらここまで売れてないと思います
だってスライムかけって言われて

こんなのかけます?この発想がもう天才
あと先生の凄い所って

これなんですけど、これ凄くないですか?
手のひらにほんとに光があるように見えますよね!凄い迫力です
先生の絵にどれだけ興奮させられたか、、、
亡くなられましたがこれからも一番好きな先生です!
家にあるまぁまぁでかい悟空のフィギアは一生宝物です
何が言いたいかっていうと
鳥山明は凄い!