超売れてギネスに認定された楽曲で青山テルマが歌う「そばにいるよ」という曲があります。「ここにいるよ」のアンサーソングで、遠距離恋愛の心情を歌った曲と言われていますが、私は遠距離恋愛の心情ではなくこの世とあの世に分かれた2人の心情を歌っていると思っています。だって遠距離恋愛にしては歌詞がおかしいです。もし遠距離恋愛であれば「あたしはここにいるよ どこにもいかずに待っているよ」っておかしくないですか。「お前がずっとそこにいるからこんなことになっているんだろ。どこにもいかずにまっているじゃないだろ。こっちに来い」とツッコむでしょう。それともよほど重い責務の仕事についていて離れなれないのか。そんな感じじゃなさそうです。たぶんプロデューサーの川添さんに「この世とあの世の関係を歌っています」って言ったら怒られるから「遠距離恋愛」ということにしているんじゃないかなと思っています。 では死んだのは男と女どっちでしょうか。これは明らかに女性が死んでいると思います。愛する男性のそばにずっといるからね。見えなくてもいるんだよ。と言っているように思います。しかし、ここで疑問に思っていました。それにしては男の反応がおかしいのです「ちゃんと飯くっているか」なんて呑気に言っています。残された人が亡くなってしまった人に「飯くっているか」と思うかな、ということです。それが今日、ピンときました。これはおそらく2人とも死んでいる、と。おそらく不慮の事故かなにかで2人とも死んで女性は死んだことを自覚しているけど男性は死んだことに気が付かず地縛霊になってこの世にとどまっているのではないでしょうか。そう考えると歌詞がピッタリ当てはまります。
つまり2人とも死んでいるけど男性は死んだ自覚がなくこの世にいる。女性は死んだことを受け入れてこの世にいる男性のそばで男性を見守っている。男性が死んだことに気が付かず生きているように振舞うものだから、女性もまさか男性も死んでいると思わず生きている人間を見守る感覚で見守っている。でもしばらくすると男性の周りの人が男性に気が付いていないことなどを見て女性も気が付くはずです。「あれ、お前も死んでない?」と。そうすると今度は女性のツッコミが入るでしょう。「お前が死んだことの自覚もなくこの世にずっといるから一緒にいれないじゃないか。お前、馬鹿なの。普通気が付くでしょ」と。そして男性も「あれ、そうなの。そう言われれば、そうかも」と気が付き、地縛霊ではなくなり女性と一緒に過ごすことができるようになるでしょう。そして、プロデューサーの川添さんがもし今も生きていたなら「ともにいるよ」なんて曲が出来ていたかもしれません。



