私は、色々な宗教、まあ何教でも良いのですが「私はこの宗教を信じています」あるいは新興宗教なんかだと「入会しています」とか「入信しています」なんていう人と話をする機会、結構あります。その時に「人々にとって宗教とはなんだと思いますか」と聞かれることがあるのですが、私は毎回「宗教はビジネスです」と答えています。そうすると途端に不機嫌な表情になるんですね(笑)。だから「えっ!?ビジネスは悪いことなんですか」と聞くと「悪いことではないけど・・・」なんて反応するのです。宗教家とか神職と言われる人達は、どう言いつくろっても、結局は信者の金で生活しています。でも、別にそれは悪いことではないです。神社、お寺、教会、どんなものでも維持するのに金がかかるし、そこで働く人達もタダでは生活できません。宗教が発展するのに絶対に必要な条件は、その宗教が廃止され潰れないことです。だから儲かっている、すなわちビジネスとして成功していることが絶対条件です。しかし、宗教家でビジネスセンスのない人、もしくは必要ないと思っている人が非常に多いです。だから、たくさん宗教団体は存在していますが、稼働している宗教団体以上に休眠して売りに出されている宗教団体が膨大な数、存在しています。さらに金を儲けることが悪いことと考えている宗教家があまりにも多いです。そんな人間が団体を作ると当然潰れます。運勢を転換して、おかげと功徳を与え、喜んで出す寄付を受け取ってなにが悪いことがあるというのでしょうか。
発展しているすなわち儲かっている教団とそうでない教団、一番大きな違いは先祖供養を網羅しているかです。これは教義の良し悪しを言っているのではありません。「世界平和のために寄付して下さい」と言っても出すのは数百円、数千円、マックス1万円です。しかし、先祖供養となると数万円は出します。数十万円や数百万円出す人もザラにいます。さらにそこに墓なんてなるともっと出すでしょう。キリスト教系がイマイチ日本で発展しないのはその分野を網羅していないからでしょう。さらに教会の破綻を防ぐためにバイブルでは収入の10%を強制的に教会に寄付することになっています。ちなみに額面です(笑)。こんな強制がなく発展しようと思ったら先祖供養関係で必要な資金は確保する必要があります。そのプールがあって初めて弱者救済に金が回せるのです。自分たちの生活がままならない教団が弱者救済なんか出来ませんし、世界に提言を発信していくこともできません。そうゆう面を含めて私は「宗教はビジネスだ」と言っているのです。もちろん、どんな教団でも人間がすることですから完璧ではありません。しかし強制は一切なく、信者がどんな金額を寄付しようとも「こんな安い金額でここまでしていただいて申し訳ありません」と思える中身だったら良心的な教団です。そこに強制があったり、寄付した金額と中身が釣り合ってなければ統一教会のような問題になります。全くもってビジネスと同じことです。



