トラカワの身体は、衝撃と共に宙を舞い、暗い夜空を裂くように落ちていった。
「ぐあっ……!!」
視界がぐるぐると回る。激しく揺れる意識の中、地面が迫るのを感じる。
だが——地面ではなく、冷たい水だった。
ドボォンッ!!
全身を包み込むように、冷たい川の流れがトラカワを押し流していく。激流にもまれながらも、意識が遠のいていった——。
■知らない村、そして——
「……ん……ここは……?」
気がついたとき、トラカワは見知らぬ場所にいた。周囲には木造の家々が並び、草木に囲まれた静かな村のようだった。
「気がついたか?」
涼やかな声が聞こえる。
トラカワが顔を向けると、目の前には一人の女剣士が立っていた。
長い黒髪をなびかせ、鋭い眼光を向けてくる。腰には二振りの刀を携え、武人としての風格を漂わせている。そして——
「セキグチさん!?」
トラカワは思わず声を上げた。
その顔はまさに、沼津人妻花壇の店長【セキグチさん】だった。
しかし——
「……何を驚いている?」
セキグチと名乗る女剣士は、怪訝そうにトラカワを見下ろしていた。
トラカワ「ちょ、ちょっと待って……あなたは…沼津の……いや、花壇の……」
セキグチ「……何を言っている?私はセキグチ。この村を守る者だ。」
トラカワ「いや、だから……! あなたは、俺の知ってる——」
セキグチ「知らん。」
冷たく言い放たれる。
トラカワ「…………え?」
セキグチ「お前のことなど知らん。初めて見る顔だ。」
その言葉に、トラカワの背筋が寒くなる。
(どういうことだ……? この方は確かに店長のセキグチさんだ……でも、俺のことを知らない……?)
違う世界の、別のセキグチさん——? そんなことがあり得るのか?
混乱するトラカワを無視し、セキグチは腕を組んだまま言った。
セキグチ「それよりも、お前。城の方から流されてきたな?」
トラカワ「……ああ…はい…。」
重傷の身体を起こしながら、トラカワはカンタ王の死、Iくん(仮)との戦いについて話した。
セキグチはじっと話を聞いた後、目を細めて言った。
セキグチ「……お前、このままでは到底敵に勝てんぞ。」
トラカワ「……分かってますよ……けど……!」
セキグチ「ならば——鍛え直せ。」
トラカワの目が見開く。
トラカワ「鍛え直す……?」
セキグチ「私はこの村の守護者として、剣の道を極めている。お前に過酷な修行を課し、生き残る力を授ける。」
トラカワ「過酷な修行……?」
セキグチ「当然だ。生半可な鍛錬では、今のお前では話にならん。覚悟があるなら、私についてこい。」
トラカワは、痛む身体を押さえながら拳を握りしめた。
カンタ王を殺したあの男を倒すために——。
世界の真実を知るために——。
「……やるしかねぇ。」
そう決意し、立ち上がろうとしたその時だった。
カァァァン……!
腰に差していたバイブレードが微かに光を帯びた。
「……!? その剣……」
セキグチの瞳が驚きに揺れる。
トラカワ「え? これがどうかしたのか?」
セキグチはバイブレードを凝視しながら、まるで何かを思い出すように呟いた。
「昔……本で読んだことがある……。」
「バイブレード 持つもの 現る時——」
「世界が…。」
その声はまるで、遠い記憶の奥底から引き出されたような響きを持っていた。
トラカワ「……どういう意味だ?」
セキグチは少しの間沈黙し、それから小さく息を吐いた。
「お前を鍛える必要がありそうだな……ただの流れ者ではないと分かった。」
「いいだろう。お前にこの村の流儀を叩き込んでやる。」
トラカワはバイブレードを見つめながら、再び拳を握りしめた。
ただの剣じゃない——この剣には、何か秘密がある。
それが何なのかは分からない。だが、それを知るためにも——強くならなければならない。
こうして、トラカワの地獄の修行が幕を開けた——。

『沼津人妻花壇』
営業時間/10:00-翌5:00