2025/07/19 09:00
『地面師たち × トラカワ』――東京進出と、一枚の登記簿――
「沼津でも成功した。勝負かけるなら東京しかねぇ。
“東京人妻花壇”、本気で立ち上げるべ」
2024年10月某日。
JR大崎駅、東口の再開発エリア。
トラカワは、ひとりスマホの地図を見上げながら歩いていた。
沼津でデリヘルの裏方をやって十数年。
現場から這い上がり、“人妻ブランド”を確立してきた。
その看板を、東京に持ち込む。
それが、長年の夢だった。
だが、都内の不動産相場は想像以上だった。
ワンルームでも100万単位の保証金。
物件の図面を見ても、どれが「借りていいやつ」なのかさえ分からない。
そんな中、声をかけてきた男がいた。
「港区だと高いですけど……品川の角地、動いてる情報あります」
30代前半。スーツは細身のネイビー。
声に無駄がなく、手際もよかった。
名刺を差し出す手が自然すぎて、トラカワは思わず受け取った。
K&T都市開発株式会社 辻本 拓海
「まだネットには出てないんですが、裏から話が来てまして。
角地、80平米。再開発対象ですけど、今なら条件が柔らかい」
案内されたのは、大通りに面したビルの跡地だった。
解体が始まっており、フェンスの向こうで重機が動いていた。
工事看板も出ている。現場としての“リアル”は申し分なかった。
「都の再開発絡みで、一時的に所有権が動いてまして。
今だけ、紹介できる枠があるんです」
「へぇ……立地、悪くねぇな」
「トラカワさんの業態なら、2階を受付にして、3階に待機室……アリですよ」
辻本の説明は早く、的確だった。
図面、見積もり、条件。すべて整っていた。
ただ、ひとつだけ違和感があった。
周囲にいた二人の男。
会釈もせず、距離をとったまま様子を見ている。
「ちなみに、登記上の所有者……浅井さんという方になります。
現地でご挨拶いただけますよ」
姿を現したのは、口数の少ない中年男だった。
「……20年、この土地を見てきたもんでね。
渡す相手は、選ばせてもらいたい」
一言ひとこと、噛み締めるような話し方。
関西訛りがある。
「俺も現場から上がってきた身や。
地元でやってきたって話、嫌いやないよ」
――その男が、後藤だった。
契約はスピーディに進みかけた。
だが、その場にいた“もうひとり”の男が、初めて口を開いた。
「……確認ですが、名義変更の履歴。
平成18年以降、何も動いてませんね？」
スーツ姿の、表情のない男。
名乗りもせず、ただその場に座っていた。
「ええ。司法書士からは問題ないと聞いてます」
「なるほど。じゃあ……あとは押すだけやな」
トラカワは、用意された書類に手をかけた。
だが、その夜、彼はひとつだけ不安になり、
昔の客だった司法書士に、こっそり登記簿の写しを送った。
翌朝、電話が鳴った。
「……これ、お前、完全にやられてるぞ。
所有者、7年前に死んでる。登記も偽造。
印鑑証明、これ完全な別人のやつだ」
血の気が引いた。
慌てて現場に戻ったが、もう誰もいなかった。
フェンスも、工事車両も、看板も――すべて撤去されていた。
あの物件は、存在しなかった。
後日、警察での事情聴取。
「あなたは、この物件を何のために？」
「風俗店です。“東京人妻花壇”。……真面目に、やろうとしてました」
「どうして契約直前で気づいた？」
「……勘です。おら、現場長いんで。なんか……違和感があった」
「被害届、出しますか？」
「いいです。もう十分です」
「理由は？」
「次は、自分で見極めます。……おら、騙されたままで終わるつもりないんで」
数週間後――沼津。
事務所の片隅に、新品の宅建士試験の参考書が置かれていた。
トラカワは誰に言うでもなく、つぶやいた。
「都会の詐欺師は、静かに嘘をつく。
でも、こっちは現場で生きてきた。
……次は負けねぇ」
───
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店舗情報
『沼津人妻花壇』
営業時間/10:00-翌5:00
『沼津人妻花壇』
営業時間/10:00-翌5:00
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