昔、パチスロ雑誌で
なかなか面白い企画があった。
「設定1の台を“設定6”だと伝えて打たせる」
「設定6の台を“設定1”だと伝えて打たせる」
実にいやらしい。
だが、実に面白い。
普通に考えれば答えは明白だ。
本物の設定6の方が出る。
そんなもん当たり前だ。
設定差ってのは、
気合いや根性や願望で埋まるもんじゃない。
6は6。
1は1。
そこに情けも慈悲もない。
普通はそう思う。
ところがだ。
設定1を打たされてる奴は
「これは6だ」と教えられてるもんだから
希望を持って打つ。
本物の設定6を打ってる奴はどうか。
「どうせ1だろ」と教えられてるから
諦めで打つ。
せっかく本物の6を打ってるくせに
心はすでに敗戦処理。
で、結果は大差なし。
むしろほぼ同じようなプラス差枚で終わった。
本来なら
ポテンシャルが全然違うはずの台を打ってるのに
人間の思い込みひとつで結果も変わる。
思い込みってのは、経験だ。
そしてその経験ってやつは
過去の自分が見たもの、
信じたもの、
裏切られたもの、
恥をかいたもの、
調子に乗って痛い目を見たもの
そういう全部の残骸でできている。
だから同じ事実を見ても
人によって結論がバラバラになる。
ある奴は「黒だ」と言う。
ある奴は「白だ」と言う。
ある奴は「いや、これはまだ分からん」と言う。
見てるものが違うんじゃない。
見方が違う。
分かりやすく言おう。
恋愛だってそうだ。
過去に浮気された奴は
ちょっと返信が遅いだけで不安になる。
「怪しい」
「何かある」
「どうせまた浮気してんだろ」
逆に、
ずっと大事にされてきた奴は
同じ“返信の遅さ”でも
「忙しいんだろうな」で終わる。
起きてる事実は同じだ。
だが、結論は真逆になる。
なぜか?
過去が違うからだ。
仕事でも同じ。
上司に何か言われた時、
「期待されてる」と取る奴もいれば
「詰められてる」と取る奴もいる。
値上げを見て
「企業努力の結果だな」と考える奴もいれば
「調子に乗りやがって」と考える奴もいる。
店が混んでるのを見て
「人気なんだな」と思う奴もいれば
「オペレーション悪いな」と思う奴もいる。
全部そうだ。
人は事実をそのまま受け取らない。
一度、自分の人生を通してから受け取る。
なんで今日はこの話かというと
連日テレビを賑わせてるあの事件だ。
テレビから出てくる情報は極少。
コメンテーターは歯切れが悪い。
確定情報なんてほとんど出ていない。
SNSを覗くと
自称・名探偵コナンが
それはもう大量発生中。
「こうに違いない」
「いやもう答え出てるだろ」
「絶対これしかない」
もちろん私もその一人
自称・江戸川コナンだ泣
だが、そんな自称コナンの私だからこそ言おう。
「思い込みっていうのは、一番真実から人を遠ざける」
「高級店なんて…」
と、思っているお嬢さん。
それはお前さんの思い込み。
自称名探偵コナンに言わせてみれば
そんなのやってみなきゃわからない。
思い込みなんてのものは、
何種類も自分で作ることができるが真実は1つって事だ。
でも、この事件
もうあれっきゃないよな…泣



