お世話になっております。
宮嶋です。
そう、前回の日記で、
「働く事が当たり前だと思うな」
1⇒感謝をいつまでも持つ事
2⇒働くという事は、あくまで自分のために という事
要約すると、こんな事を書いた訳ですけども。
もうちょっと書きたい事書くと、
「この環境で働きたい」
「この人と働きたい」
そんなのも実際あるじゃないですか。
それって、
「自分の得たい最低限や許容ほど稼げないけど、ここで(この人と)働きたい」というのは、さすがに違うだろって思います。カッコ悪いですしね。
でも、
「ここで(この人と)働くから、頑張れる」
これって、アリですよね。
・働きやすい
⇒環境的に、協力関係がスムーズ
・共感できる
⇒働いていて気持ちが良い
・楽しい(頑張りの波及にせよ、馴れ合いにせよ)
⇒ポジティブに関われる
結果、環境や組むパートナーによって、
自分の働くパフォーマンスが上がって、
結果みんなの利益が増える。
これって実際にすっごくあるし、
素敵な事じゃないですか?
僕も、感情的には
「めっちゃ頑張ってる人」には、
もっと力になりたいな。協力したいなって思います。
もちろん仕事だし役割なので、
誰に対しても一生懸命向き合いますけどね。
でも、
「あぁ、この人とだったら、いつもより頑張れるな。」
そんな空気、場所って、とっても素敵だって思うんです。
その根源って、
「感謝があるか、ないか」
これが結局、とても大事だなぁ、と。
改めて感じる機会がありました。
どんなに一生懸命働いてても、
それが「当たり前」と思われて、
「もっとやれよ」と偉そうに軽率に言われたり。
それがもし本当に必要な事だったとしても、
「人として、あんまりじゃないか」
いろんな理由があって、
本来やるべき事が達成できない。
だからもどかしい。
そんな時に必要なのって、
「絡んだ紐を力尽くで引っ張る」なんて事じゃなくて、
「一緒に解きほぐす」って事なんじゃないかな、と。
例えば、
「写メ日記が書けない!」だったら、
・話題
・文章
・写真
全部手伝いたいよね、という。
「書かなきゃ鳴らないんだから、書くしかないじゃん」
と言って終わり。
それじゃ、なかなか実際書けないと思う訳ですよ。
「そうだよねぇ、大変だもんね。仕方ないよね。」
そんな、ダメな方向に一緒に行くような寄り添いは、邪魔だと思うんですよ。
協力、したいですよね。
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