父親がいなかった僕が、スクリーンの中で「男」を学んだ話
こんばんは!
秘花京橋店の夏です!
突然ですが、みなさんは「男らしさ」って、
誰から教わりましたか?
お父さんから?先輩から?
それとも誰かから教わった、という感覚すらない人もいるかもしれません。
僕の場合、答えは「レンタルビデオ屋のテープ」でした。
大阪・西成で育った僕は、
8歳の時に両親が離婚して、母子家庭になりました。
姉が3人いましたが、みんな歳が離れていて、夜はほとんど1人でした。
周りの友達も似たような環境でした。
片親の子が多くて、家にお風呂がない子もいて、
みんなで銭湯に行く名目で夜出歩いてました。
今思えば、寂しさを紛らわせたかっただけなんですけどね。
母は毎晩深夜まで働いていました。
離婚前はミシンで帽子を作るパートをしていたのに、
離婚してからはマッサージや接客業に転身して。
やったことのない仕事に飛び込んで、
それでも4人の子どもを養おうとしていた。
子どもながらに「うちは貧乏やな」とわかっていたし、
どこか遠慮して育ちました。
だから夜1人でいることに、文句を言った記憶がありません。
そんな夜の時間、僕が向かっていたのが近所のレンタルビデオ屋でした。
当時はまだVHSの時代。
特に洋画が好きで
映画産業が移すアメリカは最高にかっこよく
アーノルド・シュワルツェネッガー、シルベスター・スタローン、
ブルース・ウィリス、アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロ、
クリント・イーストウッド、ジャン・レノ、ジャン=クロード・ヴァンダム、
ジャッキー・チェン——スクリーンの中の男たちは、みんな強くて、
無口で、どんな状況でも折れなかった。
正直に言うと、派手なアクションよりも
スクリーンの中の主人公の
「生き様」に惹かれていたんだと思います。
女兄弟、母子家庭で育った父親がいなかった僕は、
「男ってどう生きるんやろ」という答えを、誰にも聞けなかった。
だから映画の中で探していました。
シュワルツェネッガーやスタローンが、
ある意味で僕の「父親代わり」やったんです。
大人になった今、それがちょっと切ない話やと気づきます。
でも同時に、そういう環境が今の自分を作ってくれたとも思っています。
スクリーンの中のヒーローたちが共通して持っていたもの——
それは「どんな状況でも信念を曲げない」という姿勢でした。
派手さじゃなくて、芯の強さ。かっこよさの基準が、
気づかないうちにそこで作られていました。
人は、自分が生まれる環境を選べません。
どんな家庭に生まれるか、どんな街で育つか、どんな大人が周りにいるか——
それは子どもには決められない。
僕も、父親がいない家庭に生まれることを選んだわけじゃないし、
西成の夜に1人でいることを望んでいたわけでもありません。
でも、その環境が確実に人を作っていきます。
どんな言葉を聞いて育ったか。誰の背中を見てきたか。
どんな景色の中で考え事をしてきたか。
そういう積み重ねが、気づかないうちに価値観の土台になっていく。
良い環境も、しんどい環境も、全部その人の中に染み込んでいくんです。
だから僕は、人の育ってきた環境を軽く見ることができません。
その人がどんな場所で、何を見て、何を感じてきたか——それを知ろうとすることが、
その人を理解することだと思っています。
今いる場所が、あなたの全てを決めるわけじゃない。
でも今いる場所は、確実にあなたの一部になっていく。
そしてその環境は、お金に対する意識も作っていきます。
うちは長屋で、風呂もありませんでした。
自分の部屋もない、狭くて窮屈な家。母は深夜まで働いて、
それでもギリギリの生活でした。そんな母の背中を見ながら、
僕はずっと思っていたことがあります。
「絶対に、父親の二の舞にはならない」と。
アルコール依存で家族を支えられなかった父親。
その姿を8歳で見た僕にとって、お金を稼ぐことは、
義務でも見栄でもなくて、もっと根っこにある何かでした。
苦労した母を楽にしたい。あの窮屈さから抜け出したい。
そういう感情が、いつしかお金を稼ぐことへの貪欲さになっていったんだと思います。
しんどい環境で育ったことを、悲劇だとは思っていません。
あの経験があったから、今の自分がいる。そう言い切れる自分がいます。
しんどい夜に1人でビデオを見ていた西成の少年が、
今こうしてブログを書いています。人生って、わからないものですね。
それでは!!
本日もお疲れ様です!!
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