二宮温泉の斜め向かいに立ち飲み屋があるのですが、そこが土日祝日の朝だけ肉吸いの朝定食をしています。気になっていたので行ってみたのですが、おばさんが間借りで土日祝日の朝だけやっているとのことでした。安い値段で土日祝日の朝だけ間借り、大体こうゆう店はあまり美味しくないです。なぜかというと、週に2日だけ間借りで朝だけ間借りで安い値段で提供するなんていうのは「金儲けではないのです」「近所の人達の憩いの場になって喜んでくれればそれで満足です」という意図です。真剣さがどうしても欠けます。極端な話、無料って気楽です。文句出ません。しかしちょっと高いなという値段設定だとシビアになります。「懐がちょっと痛いな」という値段設定でありながら食べた人に「こんな安い金額で申し訳ありません」と言わしめる。これを目指すべきでしょう。二宮の地域なんかだと「朝食¥300、昼食¥500、夕食¥700」こんなレベルでしょう。その二宮で朝定食¥1000だったら「ちょっと懐が痛いな」というレベルだと思います。それぐらいのレベルでいくべきだと思います。そして案の定、あまり美味しくありませんでした。まず、入ったら蒸し暑いのです。なんでエアコン付けないのかな、と思っていたのですが、やはり聞いた客がいてそれに対して「エアコンは体に悪いから。それに間借りだからエアコン付けて暖房が出てきたらいけないので」と答えてました。間借りだろうが冷房に設定したら冷房になります(笑)。エアコンが体に悪いとか言っているから、ひょっとして無添加にこだわる勘違い野郎の系統かな、と思ったらやはりその通りでした。肉吸いの肉も豆腐もおそらく儲け無視で良いものを使っています。しかし徹底して化学調味料を使わないのです。その味付けで材料を全て台無しにしています。「あまり客が来ないのですが味はどうですか?」と客みんなに言っているので危機感はあるのでしょう。私にも聞いてきたので「もしも肉吸いの汁をうどんつゆの素を使えば抜群に美味しいと思いますよ」と言ったら「化学調味料は体に悪いから」と予想通りの答えでした(笑)。
こうゆう人は化学調味料という言葉だけで毛嫌いしてしまっているのです。化学調味料というのは私から言わせれば人類の英知の結晶です。それを化学の響きだけで悪いものと決めつけているだけです。塩なんて良い例です。海水から塩を取り出すのは大変なことです。どうやっても不純物が混じる。なんとか不純物が混ざらず塩を作れないかと長年製法を研究して、ようやくその製法が確立しました。ところがその製法を使わず不純物が混ざった塩を「塩です」と売る輩が横行したので国が管理して純粋な塩を製造するようになりました。そうしたら途端に不純物を「にがり」なんて呼んで、「にがりが残っている塩の方が美味しい」なんて言い出しました。頑張って純粋な塩を作った人からしたら「ふざけるな」という話です。化学調味料の代表格である味の素もそうです。昆布にはなんか甘味や辛み以外の味がある。それを「うま味」なんて呼んでその味の正体がグルタミン酸であると突き止めました。しかし昆布から出汁を引いてグルタミン酸だけを抽出するのは至難の技です。煮込みすぎると苦みが出たりして、そこでうま味成分であるグルタミン酸だけを抽出することに成功したのが味の素です。昆布からうま味成分だけを取り出したら、化学調味料なんて言われて毛嫌いされるのだからたまったものではありません。グルタミン酸の抽出に成功したのは1903年とかです。今から120年以上前です。それから現在までグルタミン酸を摂取して体を壊したなんて話は一度もありません。それなのに「化学調味料は体に悪いから」なんて真顔で言うのです。化学調味料と言うのは人類の英知の結晶です。使い方次第で素晴らしいものが出来るのに使う前から否定してしまう、自称自然派おばさんがよく陥る罠ですが実にもったいないことであると思います。



