目標を立ててそれに向かって努力する。風俗でも稼げるようになるにはそれは必要なのですが、上手くいかない人は目標を立ててそれに向かってという姿勢が抽象的な人が多いです。目標は、今より○○人多く指名客が来ることです。以上。こんなのでは何も変わりません。具体的に成功にいたるまでのストーリーをイメージしてそのイメージを膨らませていくことで実際に実現に近づきます。実はイメージの力というのは霊力そのものです。頭の中にあるイメージがドンドン強くなると具体的に形になってきます。日蓮宗の開祖である日蓮さんもものすごい霊力の持ち主でした。有名な逸話である時、真言宗系の行者が霊力勝負だということで日蓮さんの前で念力で石を浮かしました。「どうだ、参ったか」と行者が言った途端、日蓮さんが題目を唱え、その瞬間に宙に浮いている石がそのまま空中で静止しました。そして日蓮さんが「じゃあこの石を下してごらん」と言って行者が何しても石が下りず行者が「参りました」となりました。そして日蓮さんが再び題目を唱えると石がスーっと下りた。こんな逸話が残っています。普通に考えて石を浮かすより浮いた石を下りないようにする方が大変です。それだけ日蓮さんは霊力が強かったのです。ではその日蓮さんが説いた法華経はどうゆう中身かというと「例えば、例えば」のオンパレードです。基本的にお経とか、神社の祝詞とか、神父や牧師が読む聖書とか、イスラムのコーランに書かれている内容は神や仏に対する「ヨイショ」です。いかにすごいかをこれでもか~と書いています。どの宗教も大体そんなもんで法華経ももちろんそうなのですが法華経は「例えばこんな時は仏さんはこんな風におはたらき下さって・・・」なんて例えばを駆使して具体的にしているのです。臨済宗の白隠というまあまあ偉い坊さんは若い時に法華経を読んで「こんなの剥いても剥いても本体が出てこないラッキョウの実みたいだ」と言って馬鹿にしました。それがある程度偉い坊さんになってもう一度法華経を読んだ時に、なんで「例えば」ばっかり使うのか、それはあらゆる人をあらゆる場面で救済できるようにとのことなんだ、ということが法華経を書いた境地に触れて悟り、涙が止まらなかったそうです。
日蓮宗系の行者はなんで霊力が強いのかというのは、この「例えば」を駆使してイメージを具体化しているからです。このテクニックは別に坊さんじゃなくても使えます。目標を立てると言っても別に誰かに宣言しなくても良いのですから、自分の中で今月はまず○○日、この日は例えば雨ならこうゆう風にアプローチすることでお客様が来てくれて、例えば晴れてたらこんな感じで、例えばこんなことがあってもこう乗り越えて・・・と具体的に例えばを駆使しながらイメージを膨らましていけば良いのです。そしてイメージが凝結すると形になって具体化します。風俗だけじゃありません。保険の営業でも一緒です。電話かける前、ドアをノックする前までに具体的に「例えば、例えば」と契約までのストーリーをイメージしておく。そして絶対にそうなると確信しながら電話する、あるいはドアをノックするのです。その瞬間「もう契約します」という世界が出来上がってますからスムーズに契約がとれるでしょう。もちろんそこまでやっても契約が取れない場合もあるでしょう。そんな時は「あの人はこの保険の良さが分からない可哀そうな人なんだ」と相手のせいにしちゃう(笑)。それで次のターゲットに切り替える。優秀な営業の人間はそれが出来ています。なんか目標を立てるというのが慣用句のようになってしまっている人が多いですが、せっかく立てるなら形にならなければもったいないです。そのために「例えば」を使って成功のイメージを膨らましていくというテクニックをぜひ活用してみて下さい。



