私が以前、この日のブログは気が悪いとか書いていたのを覚えている人もいるでしょう。これだけ言われてもどういうことかよく分からないという人も多かったはずです。それが実体験できるような事例があるので紹介しましょう。時々、私が書いたブログの文章をそのまま爆サイに載せる人がいます。それで「コイツ狂っているぞ」なんて騒いで楽しむのですが、感想をそのまま書き込む分には大いに結構なのですが、それを見た人が爆サイに同じ文章を打ち直すと打ち直した人の気が入ります。爆サイ民はなんとか私を陥れようと一生懸命打ち直すので当然いつも清々しい私より気が悪いです。さらに打ち直した人のいる場所、気持ち、焦りの念なども混入します。そして邪文、魔文、まがまがしい俗文になるのです。だから読んだ時の感覚が全く違ったものとなります。爆サイに私のブログ文章がそのまま載っているものを読んだ人は気が付くことでしょう。
読む人が何を求めているのか、どうすれば納得し、喜び、感激し、感動するのか。それと真剣に向き合いしたためた文章には微妙繊細なる神気、妙気、霊気が宿ります。それを邪まな心で爆サイにそのまま打ち直すというのは、神社の御神体をラグビーボールのようにパスで仲間に渡すのと一緒です。こんな人を、傘屋の丁稚と言います。その心は「骨折って叱られる」です(笑)。



