今回はヘブンさんからのお題です。自分で言うのもなんですが、文武両道の英才教育を受けていました。小学校1年生からヴァイオリン、小学校5年生からは平行して剣道も習っていました。それと並行して小学校3年生からは書道、また進学塾にも通ってたので習い事が多かったですね。その流れで中学校は剣道部、高校は剣道部と管弦楽部の2つに入部していました。中学校は埼玉にある原山中学校という学校で剣道は強くなかったのですが副主将でした。練習試合では強かったのですが、本試合では弱かったです。高校は埼玉県の大宮光陵高校という高校で全校生徒500人中、男子は100人いないという環境でしたので運動部は軒並み弱かったです。野球部の練習場に「めざせ1勝」なんて書いてました(笑)。剣道部になると強い弱い以前に部員が圧倒的に少なかったです。団体戦は5人で戦うのですが、そもそも男子が3人しかいなかったので誰か1人が負けたら、試合は出来るのですがチームの負けは確定します。3人の中では私が強い方だったので3番目、すなわち中堅でした。しかし、私の出番までにすでに前2人は負けてるので気楽でした(笑)。高校の試合は閉会式までいる必要はなく負けたら学校に帰って授業でしたので、試合の日でも2時間目までには学校に戻ってました。管弦楽部は全国的に有名でしたので色々なところで演奏しました。大宮光陵高校は音楽科が有名な高校でしたので管弦楽部のほとんどが音楽科の生徒でしたのでメチャクチャレベルが高かったです。その中で練習の時だけのサブコンサートマスターは私でした。よく、中学校や高校の部活仲間と今でも交流がある、なんて話を聞きますが、私はそれはないです。小学校、中学校、高校、大学、専門学校、と進学しましたがそこで一緒だったという人で今でも連絡をとっているという人は一人もいません。そんなもんではないかな、と思うのですが兄なんかは今でも付き合いがある人がいると両親から聞いたことがあるので私が特殊なのかもしれませんね。
ただ、中学校の剣道部の1年上の先輩で野口さんっていう、色白でキレイな女性がいるのですが、野口さんの実家が谷田川っていう鰻屋で、埼玉に帰った時は必ず食べに行ってます。おそらくあの人、野口さんだよな~という女性が女将さんになっていてもてなしてくれるのですが一度も「中学校の時の・・・」なんて言った事はないです(笑)。でもいつも骨せんべい、サービスしてくれるからひょっとしたら気付いているのかもしれません。ただ、最後に行ったの15年ぐらい前です(笑)。



