私は大学が京都だったので1998年に関西にはじめて来ました。それからずっと卒業してからも大阪で働いているのですが、実家は兄が商社、親戚も官公庁が多いので両親は私がどこでなにをしているのかを長い間、親戚に言っていなかったです。なんかインドに自分探しの旅に出ていると説明していたみたいです(笑)。もちろんインドなんか行った事もないし、自分探しの旅なんて私はしたことないのですが、時々いますよね。自分探しの旅に出ているという人。そんな人を見ると馬鹿だな~と思ってしまうのですが(笑)、こうゆう人はよく「自分に正直にいたいから」なんて言います。こんな愚かなことはないです。自分の気持ちに正直、なんて言いますが、人間の気持ちなんてコロコロ移り変わるものです。コロコロ変わるものだからココロなんて言うぐらいで、落ち込んでドヨ~ンとなっている気持ちに正直になったらすぐ自殺してしまいます。誰かに腹立った自分の気持ちに正直になったらすぐ殺人を犯してしまいます。あの女性とヤリタイな~という気持ちに正直になったら強姦魔ですよ(笑)。人間は理性と知性で自分の気持ちをコントロールしてるのですが「自分に正直に」なんて言う人はそれが出来ない、根無し草みたいになってしまいます。だから馬鹿だな~と思います。ちなみに馬鹿の語源って諸説ありますが、王様が鹿をみて「馬がいるな」と言って、それを聞いた人の1人が「いや、あれは鹿ですよ」と言って聞かず、堪忍袋の緒が切れた王様が「鹿だ」と言って譲らない者のクビをはねてしまいました。そのクビをはねられた人を指して「馬鹿だな」と言ったのが最初です。面白いのは鹿を馬と間違えた王様が馬鹿なのではなく、鹿だと言って譲らないために命を落としてしまった方を馬鹿だと言ったことです。つまり正直なら良いというものではありません。空気を読んで「そうですね馬ですね」と言えるのが普通で譲らず「鹿です」なんて言うのが馬鹿なのです。だから馬鹿正直って結局は馬鹿なんです。
ですから「自分の気持ちを大事にしたいから」なんて言っている馬鹿は、自分の気持ちを、明るく、楽しく、前向きで、積極的で軽い方向に知性と理性でコントロールすることを学ぶべきです。「自分の気持ちに正直に」の真逆です。自分を騙し騙し、あの手この手を使いコントロールしていく。もし落ち込んだり、暗くなったり、重たくなったり、悲壮感が溢れてきて、後ろ向きの気持ちになったら「これは本当の自分ではない」と否定する。そしてそうなったのは○○のせいだ、と責任転嫁してしまうのが大事です。だから嫌いな人って大事なんですよ。周りに好きな人しかいなかったら申し訳なくて責任転嫁できないじゃないですか(笑)。嫌いな人なら何の躊躇もなくその人のせいにできるでしょう。だから身の回りに良い人しかいない、なんていう人は気の毒にな、と思います。それが分かったら例えば、どこかの店に入店して周りの人がどんな人でも大丈夫になります。時々いるじゃないですか。「周りの人がイヤだからヤメた」とか言う人。イヤな人がいっぱいだったらなんかマイナスな方向に心が向いたらその人達のせいにすればイイんですよ。そしてプラスの方向に心が向いたら「自分が頑張ったからだ」と(笑)。そうやって騙し騙し自分の心を良い方にコントロールすることができる環境なんだ、と考えたら今いる店で一緒に働いている人達と合わなくて・・・なんて悩みは大したことない、むしろ都合がいい環境にいるといえます。



