私のように経営者とかになると周囲が自分の部下とかばかりになります。社長とか言われてばかりですと知らず知らずのうちに傲慢になってしまいます。やはり人間はいつまでたってもどこか生徒の面を持ち続け師匠についているという風じゃないと精神衛生上よろしくないです。だから私も道教といって天地一体となる道の先生について生徒として学んでいます。この先生はすごい方で天地一体になれるものだから意識のピントを色々なものに合わせることで犬でも猫でも自由に会話できます。よくワンちゃんが手術の後に傷口を舐めたりしないようにパラポラアンテナみたいなやつを首にはめられますが、嫌がって暴れます。そんなワンちゃんでもこの先生はワンちゃんに、なぜこれをしなければならないのかを説明して納得させられるのです。そうすると暴れていたワンちゃんがピタっと言う事を聞くようになります。初めて見た時は私も驚きました。そんな天地と一体になるといったらどんな修行をしないといけないのか、なんて思うかもしれませんが、この先生の考えは「全ての叡智は生活の中にある」ということですることは単純です。「コーヒーを淹れて下さい。」と言われてコーヒーを淹れる、それだけです。それだけなのですが実にこれが奥が深いのです。まずインスタントコーヒーではダメです。簡単に誰でも出来ますから。そしてコーヒーメーカーも禁止です。使えるのは挽いたコーヒーに鍋で沸かしたお湯とお玉、コーヒーフィルターと100均で売っているコーヒードリッパーのみです。まずコーヒーフィルターをドリッパーにセットしてスプーンでコーヒーを入れます。そこにお玉ですくったお湯を全体が湿る程度に注ぎます。ここで雑念があると入れすぎたり少なすぎたりしますので集中が必要です。そして30秒ほど蒸らした後、お湯を注ぐのですが勢いがあり過ぎるとコーヒーを攪拌してしまい味が薄くなりますあるいはフィルターとドリッパーの間にお湯が入って薄まってしまいます。反対に遅すぎると苦みや雑味が強すぎるのと風味が上手く抽出されません。ですから絶妙な加減でお玉でお湯を注ぎ続ける必要があります。また、どれぐらいお湯が注がれたかも見えないため、コーヒーカップからくる気配に気を配らなくてはいけません。そうして淹れたコーヒーを先生のもとに持っていくのですが、一目見ただけで先生にはコーヒーを淹れた私の境地が分かります。今回はイマイチだなと思うと、厳しく注意するわけでもなく、ただ目を閉じ沈黙がず~と流れます。「寝てるんじゃないかな」と思うのですが、私の意識が澄み切るのを待っているのです。そして明け方になりやっと目を開けてコーヒーを一口飲み「ぬるいな」って当たり前じゃないか(笑)、と思うのですがそんな感じです。
経営者とか人に先生と呼ばれる職業はもちろん、風俗嬢のような上司というのが存在しない個人事業主の方も、ともすれば天狗になり傲慢になりがちです。ある程度はそうゆう面も必要なのですが、そればかりだと頭打ちします。どこか自分は生徒、という面があると謙虚さを忘れない経営者、謙虚な先生、あるいは可愛げのある風俗嬢になれます。



