本日7月23日ですが3日後の7月26日、私にとって大事な日が控えております。そうです!!私の生誕48周年です。最近は自分に対するイベントを小規模に地味にしようとする人が増えてます。誕生日なんか「私の誕生日なんてどうでもいいんですよ」なんて言って告知もしない。誰からも何もお祝いがなかったら虚しいクセに(笑)。他人の誕生日は「他人の誕生日」というくくりで考えれば1年で何度もあります。しかし自分の誕生日は1年に1度しかありません。だから他のどの誕生日よりも大事にして当然だと思います。さらに葬式なんて一生に一度しかありません。もっと大事にしてしかるべきだと思うのですがなるべく地味に目立たなくして「香典は辞退します」なんてやるのを美徳みたいに考える傾向がありますが私は真逆に考えてます。「香典は3千円以上ご随意」なんて最低ランクのバーを設け、上は「10万円以上」ぐらいのランクにして香典の高い人間から棺の側に、なんていう形が理想です(笑)。通常、葬式に出席することに意義なんかありません。義理と社会的責任を果たすために出席するものです。そこを打ち破って葬式に出席した人が、明るく、前向きで、元気になり、「あ~葬式来て良かった」そして例え100万円香典を出しても「こんな安い香典で申し訳なかった」と言わしめてみせる中身の葬式こそが私の理想とする葬式です。そうゆう考えですので誕生日も他人の誕生日なんかは「○○さんの誕生日~」なんて気軽に言いますが、自分に対してだけは「私の生誕48周年」なんて仰々しく最大限の敬意を込めて言ってます。この重要な日を迎えるにあたっては準備が必要です。どうゆう形で祝福したら満足するのか、自分が(笑)。これを真剣に毎年考えます。自分を喜ばすための努力に糸目はつけません。ハナミズキに在籍している女性でも貢献が高い女性には私が直接お祝いしますが、その時によく言われます「こんなにしていただいて」と。でも自分に対することに比べたら大体50%から80%なんです。「今度○○さんの誕生日をお祝いしないとな。でもちょっとしんどいな」と一瞬思っても「待てよ。自分の生誕祭に比べたら大したことない。あの時ほど盛大にしなくて良いし、あの時ほど時間かけなくて良いし、あの時ほどメンドクサクない」とすぐに気持ちを切り替えます。自分に対するお祝いが100%という絶対的な尺度があるから出来るのです。
さて準備でまず大事なことがあります。それは保険をかける、ということです。お祝いしてくれる人が必ずしもいるとは限りません(笑)。誰も祝ってくれなかったらどうするのか。当然、自分で祝います。だから自分1人でも入れてスタッフも祝ってくれて、という店をまず押さえます。もちろん自分に対するプレゼントもちゃんと用意します。ここまでしているから誰かお祝いしてくれる人が現れると余裕を持って「ありがとう~」となるのです。「誰もお祝いしてくれなかったらどうしようかと思ってた」なんてことはありません。誰もお祝いしてくれなかったら他の誰よりも盛大に自分がお祝いしますから(笑)。その保険をかけておく。これが大事です。私はこのように、自分を喜ばす、自分を満足させる、自分を感激・感動させるということに手間・ヒマをかけることを厭いません。そうゆう姿勢をずっと貫いてきて気が付いたのは精神が病んでいる人って、これをしてないということです。自分を喜ばす、自分を満足させる、ということを軽視して他人のために尽くすそして何かにつけて「自分なんてそんな・・・」と自己犠牲が美徳、みたいな感じです。そりゃ精神も病みますよ(笑)。世のため人のため、なんて言っても世の1号、人の1号は自分ですから。自分を幸せにするための努力は惜しんだらダメですよ。ということで7月26日は最も大事な私の生誕48周年です。



