外国人の観光客が増加するにつれ、外国語を学ぼうとする人が増えてきてます。言語を学習するとその国の文化が分かる、とよく言いますが具体的にどういうことなのかをちょっと解説します。例えば日本語と英語、何が違うかというと英語は文法がキッチリ型にはまっていて主語、動詞、目的語、補語がきちっとしてます。これはなぜかというと英語が発生していた地域は狩猟民族です。動物の狩りをする時は「誰が、何に、何をすべきなのか」をきちんと伝えなければ狩りが出来ません。目的の動物が猛獣なら逆にやられてしまうでしょう。だから曖昧さがないのです。一方、日本は農耕民族です。狩りもしてたかもしれませんが農耕が主です。農耕をするにあたっては曖昧な方が良い場合が多いです。「あれ、やっておいて」と言った時に相手が悪かったら「なんだ、俺にやれって言ってるのか」となるかもしれません。そんな時に「あなたに言ったんじゃないよ」となった方が平和に収まります。あわよくばやってくれたらラッキーみたいな場面、農耕は多いですから。だからなんとでもとれるような言い回しが発達してきたのです。これが外国人からしたら難しいのですが、責任のありかをハッキリさせないための言い方だ、と解説すると外国人は納得しやすいです。だから文化が分かるなんて言うのですが、ようは農耕民族か狩猟民族かの違いです。
そして、言語をマスターするのと数学をマスターするのは方法が全く違います。これを分かってないと新しい言語をマスターできません。途中で挫折してしまいます。数学をマスターするにはコツコツと積み上げていく必要があります。途中で理解が出来なかったらそこで理解できるまで繰り返してから次に進むというやり方です。しかし言語のマスターは全く違います。途中で分からなくてもそこで止まらない。テキストがあったらとりあえず最後までやり通す。分からなくて理解できなくてもやっているうちに身につくのが言語です。ですから受験英語なんかは途中で分からなくても問題集を最後までやり通す。それを何クールもやっていくうちにマスターするものです。漆塗り学習というやつですね。そして、どんな言語を学ぶにも気負いしないことです。言語をマスターするのに頭の良し悪し関係ないですから。日本語は世界でも類をみないほど難しいと言われていますが、どう見ても賢くない西成区の三角公園に住んでる人も日本語喋ってるし、民度の低い神戸の二宮温泉の客も日本語喋ってます。英語がマスターできないといってもアメリカのスラム街の人も英語喋ってますから。だから誰でもマスターできるのが言語なんだと言えます。ですから新しく外国語を学んでみようという人は、気負いせず、誰でもマスターできるものだとまず確信すること。そして途中で分からなくなってもそこに戻ったりしないでとりあえず最後までやってみる。そこで理解が出来てなければもう一回最初から最後までを繰り返す漆塗り学習で学ぶ。そうすれば誰でもマスターできるものです。



